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2021.1.19

お蔭さまで本日ひとつ歳を重ねました。


気付けばずっとぼやっと生きてきましたが、
そろそろちゃんと自分を生かしきろう!
と思うております。


皆さん、いつもありがとう。
これからもありがとう。







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毎日が誰かの記念日!
友人知人の誕生日を記す手帳。
いつか毎日が誰かの記念日で埋め尽くされたら、毎日毎日誰かのことを思えたら、きっと優しい気持ちに溢れた世界(自分)になる、なんてことを思って記し始めてかれこれ20年以上になる。同様に、世界中に知り合いが出来たら、心を寄せるひとが世界中にいたら、きっと世界(自分)は優しさに包まれると思って旅をしてきた。
今、私が見える世界は優しさに包まれている。


自分が見たい世界を見よう。
自分が見たい世界を見よう。
ひとは自分が見たい世界を見ている。
自分が見たい世界を見よう。
どんな世界が見たい?
どんな自分が見たい?


外から陽気な口笛が聞こえてきたよ。



# by hirune-ya | 2021-01-19 23:05

2021始まり

去年のお正月は【お重の旅】というのをして、ひとのおせち料理をお裾分けしてもらってお重をいっぱいにした。お重いっぱいどころか溢れた。愉しかったなぁ。豊かさの循環のなかにいる自分をしみじみ実感できて幸せいっぱい、有難くて有難くて感謝しかない一年のスタートで、去年一年間ずっとそんな感じだったなぁ、と振り返る。

今年はお重の旅はせずに自分でおせち料理作ってみたけれど、気付けば素材はいただきものや縁ある人が作ったものや自分が育てたもので、これまた豊かさで溢れていて悦びの溜め息しか出ない。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。

今年も豊かさと悦びを循環させてくよー!



# by hirune-ya | 2021-01-03 22:01

2020.11.11の #ひるねやの呟き つづき


自称富山のヤーコン大使です!
私のことを前々から知ってるひとは、何度も何度も聞かされてると思うけれど。

私が育てているヤーコンは、東日本大震災のときに陸前高田から富山に10株持ち帰ったものを育て株分けして、育て株分けしてを繰り返してきたものです。当時ボランティア活動に入っていた陸前高田の名産だったというヤーコン。塩害で育てられないと聞いて持ち帰りました。株分け株分けで、子株孫株、、この9年でたぶん富山県内で一万株以上になったと思います。(あ、県外にも送ったなぁ。)

この震災ボランティアで、私は私のできること(泥だしや某富山の薬の配布)をしていて、お礼にとごはんを食べさせてもらったりお泊まりさせてもらったり。富山から送り出してくれた人たちからは物資や活動資金をいただいたり。このとき『それぞれがそれぞれのできることして支え合って認め合って存在している』ということをリアルに感じたことで、それまでも居場所としての【ひるねや】をやっていたのだけど(特技を活かした◯◯教室やお話会、持ち寄りパーティーとか)、それよりもっと根っこの日々の暮らしひとつずつひとつずつ『それぞれができることをして生かし合う暮らし』をやっていこうと思ったのでした。『それぞれができること』の第一歩は自分を大切に、ご機嫌でいることなのかな、と思っています。

そんな思い入れのあるヤーコン。ヤーコン大使、去年は一年休眠していたけれど、今年から復活!菌ちゃん先生も、冬の腸内環境整えるのにヤーコンがいいって言うてらしたよー♪



# by hirune-ya | 2020-11-15 21:23

#ひるねやの呟き (自分のための覚書) 2020.11.11

#ひるねやの呟き (自分のための覚書)
2020.11.11


【ひるねや】は「毎日の暮らしが生き方になる」というテーマのもと、自分が心地よくあることを真ん中に、いまここでモノゴト選び実践する、暮らしの中での実験を繰り返している。「心地よくある」がずれてるときもあるし「選んだほう」「実践した言動」が後々違ったと思うこともあるし。だから繰り返し日々実験中。


【ひるねや】という屋号で暮らしの中でいろいろ実験しつつ。おしごとは認知症のかたの介護や障がい者のかたの外出支援、放課後デイや企業保育で小さいひとの相手など、人相手の現場と、そういった【職場】のオブザーバーとして組織の体制づくりに参画している。この、人相手の現場の役割って何なんだろうと思い巡らせた結果、今思うのは・その人らしく在ることを認めること支えること引き出すこと、なのかなと。そしてそれは相互関係なんだと思う。

【ひるねや】の目指すのは『それぞれができることをして生かし合う暮らし(の仕組みづくり)』なのだけど、この人相手のしごとを積み重ねることで、その人らしく(同時に、自分らしく)在ることに焦点をあてられる自分になれたなら、その人らしく在ることさえ押さえられたら、それはできると思っている。具体的な仕組みを作るときがきたように感じているのだけど、うまく言葉にできず、もどかしい気持ちでいる。


この2年間、隔週1回くらいフェルデンクライスメソッドを習っている。どういったものか、うまく言葉にできないのだけど「身体運動の意識化」だとか。私のなかでは身体の哲学、瞑想に近いものを感じていて続けていたのだけど、最近になってようやくこのメソッドが、その人の眠っている可能性を引き出すツール、その人らしさを引き出すツールとして有効だから惹き付けられていたのだと気付く。すごく愉しい。


たぶん私は私らしく暮らしていきたいと思っていて、あれこれ私らしさについて迷いながらも暮らしていくなかで私の生き方の軌跡を遺していきたいんだと思う。


【それぞれのできることをして生かし合う暮らし】で、今出来そうなこと。※物々交換とか。地域通貨はある程度の規模が必要になってくるけど、まずは自分が提供できること自分が提供できるもので、お互いの合意のもと交換できたらいいな。※時間貯金という概念も、ずっと温めている。仕組みづくり、か。


提供できることやものが無いひとも、
その人らしく在ること。
そこにいること。
それだけじゃ、だめかな。
金がある人は金を出せばいいし、
力がある人は力を、
時間がある人は時間を。
たとえば笑ってそこにいること。
それだけじゃ、だめかな。


不動産は資産どころか負債でしかないと思っているけれど、場所の持つ力も判っている。「場所があれば何でもできる」といった彼女。すてきだった。私はどうしたい?

相変わらず耳は聴こえにくさが続いている。

薬を止めたのは私の選択。

雑音を聞かずに何を思う、私?


ずっとつづく



# by hirune-ya | 2020-11-11 21:07

2020.9.22 秋分の日

昼と夜の時間がはんぶんこの日。


墓参りに行く道中に咲く彼岸花に感動する。
毎年毎年、お彼岸になると
山の中でも土手でも、どこでも、
きちんとタイミングを合わせて咲く彼岸花。
すごいなぁ。


今ここで思う
未来の自分のことを思い出そうと
過去の自分の好きを思い出そうと
過去のノートを眺め、
新しいノートを書く。


お蔭さまで、頼まれ仕事で依頼が途切れることなく数年暮らしている。基本的にやりたくないことはやらないので愉しく過ごしている。そんななかでも仕事をする上で違和感を感じることはあって、私のなかで大切にしたいことがハッキリあることに気付く。
【違和感は羅針盤】である。
本当にそうだなぁ、と感じる近頃。


やりたくないことはやらないなか、
わたしにとってやりたいこと、
必要不可欠な旅をすることが出来ていない。
この場合の旅は
気の向くまま、気ままな海外旅のことを言うのだけど、エネルギーが充電できないのを感じている。私自身【毎日が旅の途中】なんて言っているけれど、やっぱり日常とは、うんと距離が離れたところに身を置きたい。わたしにとってのアタリマエがアタリマエではないところへと行きたい。自分がどうしたいか自分の気持ちを感じて、あっちかこっちか好い人か否か自分の勘を信じるしかないところへ行きたい。うおー!!!


いちばんのやりたいことが出来ずにいるなか、
もしかしたら覚悟を決めるときなのか、とも
思っている。ひえー。



# by hirune-ya | 2020-09-22 20:37